営団01系の解説

2021年2月20日

概要

 1983年1月1日に登場した営団銀座線の新形式である。それまでの銀座線は、黄色の車体で屋根が茶色のカステラのような電車だったが、その銀座線に新しい風を吹かせるため、銀色にオレンジの帯をまとった。当時としては、とても斬新なスタイルで、銀座線のイメージを大きく変えた。最初の1年は1編成のみの運行であったが、それ以降は着々と増備がされ、6両編成38本が登場した。

 この01系は当初は1984年の9月頃から営業運転をする予定だったため、製造してから、様々な試験が繰り返し行われていた。しかし、日中の不定期試運転を見た乗客から、「新車はまだか?」という催促が殺到し、営業開始時期を大幅に早めた。そのため、2編成目からの増備が少々遅れることとなり、1年後に登場している。

 これまでの銀座線は、駅に着く前や、出発後、ポイント通過時に車内照明が消えるという問題を抱えていた。この形式ではそれを解消するため、車内照明の電源を集電した電気から直接使うのではなく、蓄電池から供給する方式に変更した。これにより、走行中に電気が消える現象がなくなった。また、車内ドア上に案内表示器を設置することにより、終始地下を走っている状況でもどこにいるかがすぐに分かるようになった。当時この案内表示器のある電車はとても珍しく、とても好評であった。さらに、ドアチャイムも設置されたことにより、乗降促進につながった。この後に営団で登場する0x系車両たちの基本となった。また、この形式から加速度が3.0に上がっていて、渋谷~浅草間の時間短縮につながり、溜池山王駅を開業させても所要時間が変わらなかったことから、1本を追加増備し、38編成製造することとなった。

 台車はFS-020、520を採用している。銀座線と丸の内線のみの採用であったことと、第三軌条という珍しい方式であるため、とても珍しい形の台車をしている。なお、集電靴は先頭車の後ろ側の台車を除き台車の1台につき1つずつになっている。先頭車後ろ側の台車においては集電靴がない。 後に登場する1000系も同じだが、銀座線はトンネルが小さいため、より大きな車体となると、機器を取り付ける場所が床下しかないため、この01系も床下はほぼ埋まっている。

第三軌条

 この方式は、当時では大きなトンネルを掘ることができなかったため、架線を設置できないことから、ヨーロッパで主流の第3軌条方式というものを採用し、架線を省略した。第3軌条方式とは、線路の横にもう1本の線を設け、台車の横から集電靴を当てて集電するという方式である。後に世界中でもたくさんの地下鉄が開業していくが、架線を引いている地下鉄は世界でも珍しくほとんどが第3軌条方式である。日本では、架線が主流なため、「銀座線にパンタグラフがない」と話題になることがよくある。ただし、これが通用するのは日本周辺の数国だけである。集電靴を使って横から電気をとるため、線路幅は広く、標準軌(1435mm)となっている。

冷房化改造

 この01系は増備されていくごとに様々な仕様変更がされていき、さまざまな形態の電車が登場することになる。また、同じ仕様を既存の電車にも反映していった。そのうちの1つに冷房化改造がある。01系電車は1次車までは非冷房車として登場している。2次車からは冷房搭載車として登場しているため、既存の電車にも冷房を取り付ける工事が1990年から2年にわたって行われた。ただし、他の鉄道会社の冷房化改造とは少々違った改造を施したため、とても興味深い電車になってしまった。それをざっくりと紹介する。

 銀座線は東洋初の地下鉄で戦前からあったため、当時の技術では、大きなトンネルを掘ることはできなかった。そのため、天井が低く、電車も他社より小型なものになってしまっている。そこで、この01系を冷房化することになってしまったため、新たに冷房を設置しようにも天井と干渉してしまうため、それができない。そこで、苦肉の策ではあるが上から付けられないのであれば、下から付けてしまえばいいという策に出ることになってしまった。三菱電機がそのために、薄型クーラーを開発し、それを搭載することになったが、薄型クーラーとはいえ、当時は今みたいに技術が進んでいなかったこともあり、少し目立ってしまっていた。これによって冷房がついている車端部の天井が110mm低くなってしまい、妙な圧迫感があった人も少なからずいたとは思う。

 冷房を取り付けたものの、配電盤も車体のどっかに積み込まなくてはならず、すでに登場していた2次車と同様の位置に詰め込むこととした。できるだけ定員を減らさずに組み込まなくてはならなかったため、車端部で冷房装置が一番近い座席の横にそれを配置した。よって、登場時にはあった車端部の窓を1つ塞ぎ、妙な箱が設けられた。

 冷房化に伴って、車両の屋根部分にあった使わなくなった通風口が塞がれることとなった。しかし、これもコスト削減のためか、全部を塞いでしまったわけではなく、基本は4つを残して全部塞いだが、これも編成によって全部塞いだ編成や、全く塞がなかった編成など、ばらつきがあった。この冷房化工事は姉妹車の02系にも同時期に施されていたが、02系に関しては全部塞がれた。

編成ごとの差異

01-101編成

 01系の試作車である。1月1日登場で、車番も形式も1であることから、すべてが1番の電車であった。現在は3両で中野坂上車庫に研修用として保管されている。最終的には量産車とほぼ同じ形態になってしまったため、見てすぐに分かるような差は特になかった。

01-102~112

 01系の1次車である。こちらは本格的な増備車で、試作車からはいくつかの変更点があった。床の模様の変更、謝儀スピーカーの位置を通風口と同じ位置設置、屋根の角ばった形状を、少々丸みを帯びたものに変更したため、高さが20mm低くなった、などである。

01-113、118~123

 同じ1次車であるが、13番編成以降は、冷房化準備車として登場したため、車内消火器の位置が座席上から座席横の収納箱への変更となっている。2008年ごろから座席の交換が1次車で行われており、21番編成を除き、全編成で同じ柄の座席に交換された。

01-114、115

 同じ1次車であったが、唯一冷房化改造を施した際に、通風口をふさがなかった編成である。そのため、外観としては、冷房装置以外は一番原形をとどめていた編成でもある。

01-116

 同じ1次車であるが、15番編成とは逆にすべての通風口をふさいだ唯一の編成でもある。01系最初の冷房化改造を施したのは、この編成で、本来やるべきであった作業はすべて行われている。そのため、屋根部分の色は違うが、3次車以降とほぼ同様の形態である。

01-117

 同じ1次車であるが、1~4号車の屋根の通風口は4つ残して埋められていたが(2~12番編成と同じ形態)5、6号車においては15番編成同様に何もふさがれていない編成であった。2形態が混載している唯一の編成で、とても興味深い編成であった。銀座線開業80周年の時は旧1000系の装飾を施し走った編成でもある。後にカトーが特別企画品としてこれを製品化しているが、通風口までは再現しなかった。

01-124~127

 01系の2次車である。1次車とは外観はほぼ同じだが、平成に入ってから作られたグループで、1次車と2年ほどの差があるため、様々な細かい点で違いがある。まずは内装である。1次車までは、座席が黄色のモケットシートで、窓フレームもアルミ製の銀色のものだったが、2次車からは濃い赤色のバケットシートにクリーム色のFRPの窓枠となった。また、外観上では登場当初から冷房車であるため、車端部の窓は当初からなく、車外にスピーカーはあるものの、通風口がないためすっきりした見映えとなっている。また、座席下にも銀座線では初となる暖房が設けられた。しかし、1次車に関しては2次車に合わせて冷房化改造はしたものの、暖房が搭載されることはなかった。そにため、座席下が穴の開いていないきれいなアルミ板ですっきりしている。その他走行機器類や台車などの電装機器類に差は全くなく、従来車と同性能である。

 細かい点での変更部分では、ドアガラスの複層化準備工事が施された。窓枠を変更し、複層ガラス化に対応にした。最終的に複層ガラスになることはなかったが、3次車からはそれが実現した。

01-128~131

 01系の3次車である。2次車と全くの同仕様である。この3次車からはドアの窓ガラスが騒音防止の観点から複層化された。そのため、車内からドアを見たときにガラスの付け根部分の形が違うことがわかる。2次車では準備工事のみで枠は複層ガラス対応なのに対し、実際に使われているガラスは単層となっている複雑な形態であった。これは後に登場した02系や03系でも同様の現象がみられる。

 また、01系で最初に廃車になったのは31番編成、最後まで残ったのは30番編成(東大構内に先頭車のみ保管されている)、地下鉄博物館で運転台部分だけ飾られているのと、溜池山王駅構内の自販機に使われている部品が29番編成のものである。カトーが製品化したのもこの29番編成である。

01-132~136

 01系の4次車である。この4次車からは、行先表示機がLED式となる。さらに、車いすスペースが増設され、2か所となった。また、ブレーキが号車独自でかけていたものを1ユニットずつ一括してみることでメンテナンス向上を図った。以上の多少の変更はあったが、電装機器類に差はなく、既存車と同性能であった。
 また、35、36番編成の先頭車は熊本電鉄に譲渡され運行中である。35番編成引退時には熊本電鉄譲渡の記念HMが貼り付けられていた。銀座線の第三軌条の車両にパンタグラフを付けて走らせるのは2000系以来で2例目となる。よって過去に銀座線を走った車両は全形式どこかに譲渡されていることになる。今後1000系がどうなるのかが楽しみである。銀座線では珍しいタイプだったためか、1000系の運用開始後に、真っ先に置き換えられた。

01-137

 01系の5次車である。銀座線を走行する電車では初のVVVFインバーター搭載車である。三菱製のインバーターを採用しており、02系の後期車と同じ音がする。そして同仕様である。これにより、車内の床にあった点検用扉が廃止された。台車もボルスタレス台車に変更され、少々小型化している。座席横の仕切り板上にあった握り棒にもモケットが巻かれた。床も茶色のものに変更され、座席も茶色系統のバケットシートとなった。まさに01系の異端児となった。

01-138

 01系の最終編成で6次車である。溜池山王駅開業に伴い、増発対応として登場した。基本は5次車と同じだったが、不評だったのか、座席横の握り棒のモケットが廃止された。銀座線では様々な新しい機能の試験電車とされ、様々な機能を搭載して営業運転をしていたかなりの異端児の存在だった。営団時代にはU linerの広告をしていた電車はこの編成である。02系更新のための試験材料としても使用されたり、広告統一貸し切り電車にもなったり、様々な実績を残したが、異端児は真っ先に置き換え対象になってしまう傾向があるためか、1000系の運用開始後に、真っ先に置き換えられた。銀座線では17年というとても短い期間での営業運転だった。

おわりに

 私が学生だった頃には当たり前のように走っていて、毎日毎日渋谷駅を通るたびに一番目に付く場所を走っていました。そんな電車ももう過去の電車となってしまい、時代が去っていくのを感じていました。嫌でも走ってくる01系の座り心地はよく、程よく揺れる心地よさに、よく睡魔に襲われていた記憶があります。独特の集電シューの擦る音に、独特のチョッパ音を何度も聞きに行きました。銀座線はいつ見ても01系しか来ませんでしたが、実はこれだけ形態が多く、奥が深い電車でした。当たり前すぎてあまり目立った存在ではなかったですが、営団、東京メトロの発展に大いに貢献してくれた形式でした。姉妹車の02系もそっくりな性能をお持ちですが、まもなく丸の内線から引退していきます。02系も同じような形態分類ができるので、ぜひ今のうちに乗っていろいろな場所を見てみてください。

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TAIKI

乗り鉄から模型鉄、撮り鉄、時刻表鉄などなどなんでもやっています。飛行機も鉄道同様に大好きで、それらのことしか頭にない話ネタの尽きない人です。

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